西郷隆盛宿陣跡資料館~薩軍最後の本陣、旧児玉邸
北川散策②・西南戦争 1
薩軍最後の本陣、北川町俵野の旧児玉熊四郎邸は、昭和8年12月5日に「南州翁寓居跡(なんしゅうこうぐうきょせき)」史跡として県指定を受けました。現在は、「西郷隆盛宿陣跡資料館」として当時のままの民家を保存、西郷隆盛ゆかりの品などを展示しています。西南戦争は明治10年に勃発、西郷ら1万5千の薩軍は「明治政府に問いただしたことあり」と大雪の中、鹿児島を出立。熊本城の攻防、田原坂・吉次峠の戦いの後、物量に勝る政府軍に押されて九州各地を転戦し、8月15日、和田越(延岡市)で、西南戦争最初で最後となる政府軍対薩軍の総力戦が展開されました。薩軍は善戦したものの戦局は悪化、北川町の俵野へと退いて旧児玉熊四郎邸を本陣として宿陣。薩軍として最後の軍議を開き、解散布告令を出しました。西郷は明治天皇から賜った当時日本で一着しかない陸軍大将の軍服を焼却し、8月17日午後10時ごろ、宵闇に紛れ西郷ら600人余りは高千穂三田井へ向かうべく政府軍が布陣する可愛岳突囲を敢行しました。途中、祝子川で宿陣、高千穂三田井を出て鹿児島への帰路に着き、9月1日に鹿児島で政府軍と戦闘となり、城山に立てこもり、抵抗しましたが、24日に西郷は自刃、西南戦争が終結しました。
西郷隆盛宿陣跡資料館→開館時間は、午前9時から午後5時まで。休館日は年末年始(12月28日から1月3日まで)。入場無料。延岡市北川町長井6727 ☎0982・46・2960。観光ガイド(有料)=申し込み先・一般社団法人延岡観光協会☎0982・29・2155





西郷隆盛と薩軍幹部最後の軍議「薩軍解散布告令」
西郷は16日夜、桐野利秋や村田新八など軍幹部を集め、薩軍として最後の軍議を開きました。そこで重大な決断をします。兵士たちの半年間の労をねぎらい、感謝の言葉を述べ、筆を取って「薩軍解散布告令」を出し、軍を解散しました。
(訳)「我が軍は戦いに負け、追い詰められた。今日より後はただ命をかけて最後の戦いをするだけだ。この際、諸隊においては、降参する者は、降参してもよいし、戦って死ぬ者は死んでもよい。幹部も部下も身分の差もなく、自らの判断で好きなようにしなさい」










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