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皮膚疾患にご利益~伊良原(いらわら)地蔵尊

北川散策㊷

 伊良原(いらわら)地蔵尊=北川町川内名深瀬伊良原=地蔵尊の起源や製作者、建立年などは不詳ですが、古文書などによると、1818年(文政元年)以前の江戸中期に彫られたとされています。

鼎縁日は旧暦1月24日で、瘡蓋(かさぶた)地蔵として親しまれ、火除けや火傷(やけど)、皮膚疾患に御利益があるとされ、かつては願い事に小さな傘の玩具が奉納されていたと伝えられています。昭和30年代の大祭は賑わっていたようで、出店が軒を連ね、旅役者による芝居も演じられていたそうです。

今年の大祭は、地元の住民らで作る伊良原地蔵講(田中登志喜代表、17人)が主催し3月12日、地蔵尊が鎮座する堂宇境内で開かれました。町内外から大勢の参拝客が訪れ、この一年の平穏無事を祈願しました。会員らは、鹿肉の煮込みや甘酒などを振る舞い、参拝客をもてなしました。田中代表は「高齢化や過疎化が進んでいますが、これからもお接待の心を大切に、参拝に来られる方をお迎えしたい」と話しておられました。

高齢者生活誌「谺」(こだま)=北川町、同町教育委員会、生活誌編纂会編集、北川町発行(昭和58年3月)=より抜粋。

『旧正月24日の地蔵祭りは、昭和初期あたりまでは大変なにぎわいであった。門前から道路(旧国道)にかけて玩具屋を始め色々な露天店が並んだ。祭り本山は吉祥寺が受け持ちになっていて、祭日には当代の住職が行を司り、当元は氏子20戸が一年廻り(中略)もともとこの界隈では宇納間の地蔵が御本家だとかであるが、ここのお地蔵さんは、火とはご縁ちがいの「瘡(かさ)ぶた」に冥利があった。昔は体毒や梅毒(悪性の性病)による(遺伝的)皮膚病が多かった。いつどうしたご機嫌の具合で、火の神様が、カサの神様に変られたかはわからないが、とにかくこのイヤな病気の信者が多かった。せまいお堂の祭壇は、お願かけやお願ほどきに、信者達のそなえる「瘡」ならぬ、手作りの小サイ玩具の〈傘〉でいっぱいであった。(中略)明治時代のあるときには、遊びトバクのゴザが、お堂の中でしかれたこともある。お地蔵さんが、可哀想にも旧正月7日(年代は伏す)に、お参りに上がった若い女性が、灯明(ローソク)の消し忘れから、奉納されている超ミニ傘に火が燃えうつり、お堂を全焼した。現在は新しく建てかえられて 大尊像(右側)火災で焼けた小木像(中央)(左側)石像より小尊隊 が、鎮座されている』=聴き取りは当時の深瀬老人会=

 

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